「 天狗の後押し 」


 昔々、加戸区と池上区の間に一本松という大きな松の木がありました。その大きな松の木の枝の中に、他の枝よりこんもり膨らんだ所があり、その中に天狗が住んでいました。これは、その天狗にまつわるお話です。

 或る年の夏の初め、加戸に住む三崎さんというおじいさんが畑に麦を刈りに行きました。
 朝早くから出かけて、あまりに一生懸命になり過ぎ、気付いた時のはもう夕方でした。そこで、おじいさんは一日かけて刈り取った麦の束を荷車に積んで、我が家に向けて帰りはじめました。
 ところが、この日はいつもにもまして暑い一日だったので、日中暑い太陽の下で一生懸命に働いていたおじいさんは疲れて力が入りません。当然、荷車は思うように進まず、ゆっくりゆっくり動きます。おまけに、帰りの道は上り坂道です。いつしか日もとっぷり暮れて、夜になってしまいました。早く帰りたいと思いつつも力が入らない上に、上り坂ではしょうがありません。それでも残った力を振り絞り、おじいさんは荷車を引いて帰りの道を進みました。
 そうこうするうちに、村の入口近くにある急な坂道にさしかかりました。この坂道を上るには、もっともっと頑張って荷車を引かねばなりません。
 すると、車の後ろの方で、「車を押してやるぞ」という大きな声がしました。その声が聞こえた途端に、おじいさんの引いていた荷車の重さが軽くなり、荷車はカラカラと音をたてて飛ぶような速さで坂を駆け上ってしまいました。
 助かったと思ったおじいさんは、荷車を押してくれた人にお礼を言おうと後ろを振り返ると、そこには誰もいませんでした。不思議に思い、誰が押してくれたのだろうと考えたおじいさんは、これはきっと一本松の天狗さんが見るに見かねて助けてくれたのだろうと思いました。
 そこで、嬉しくなったおじいさんは「天狗さん、おおきに、ありがとのう」と大きな声でお礼を言って、残りの道を帰ったそうです。