「 むじな 」


  明治も終わりに近い頃、梶にヨシさんとハルエさんという仲よしの若いお嫁さんがいました。  イワシ船が沖からたくさんのイワシを獲って来ると、二人はそのイワシを持って遠くの村へ売りに行くのが仕事でした。
 或る日の事です。いつもイワシ船は夜明け頃に漁から帰って来るのですが、この日はどうしたことか夜中の十二時頃に戻って来ました。二人は早速漁師からイワシを買い、二百匹ずつをかごに入れ、しっかりとふたをして天秤棒で担いで、暗い夜道を提灯(ちょうちん)も持たずに売りに出かけました。  浜地を過ぎた頃です。右手の山、畑一面に提灯の明かりが見えてきました。二人は「崎の者もイワシを売りに行くんだな」と思いながら道を急ぎますと、その内に提灯の火が、時には二人の先になったり後になったりして見えるではありませんか。「こりゃおかしいぞ」と思いながら平山の村近くまでくると、今までの小さな提灯は消えて、大きな提灯が現れました。ヨシさんとハルエさんはうす気味悪くて声も出さず道を急ぎました。
 二人が平山の遐代寺(かたいじ)の墓場の横まで来ると、今度は突然、物かげから大男が現れて、カラカラと下駄の音をたてて二人とすれ違って行きました。ヨシさんとハルエさんはもうおそろしいやら、気味が悪いやらで何も言えず大急ぎで歩きに歩き、やっとのことで丸岡の近くまで来てから顔を見合わせて、
「おそろしかったのう。むじなじゃったんにゃな。」
と言いながら魚かごを開けて中を見ました。しかし、道中不思議な出来事が続いたにも関わらず、きちんとかごにふたがしてあったおかげか、一匹のイワシもむじなに盗られてはいませんでした。